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2016年6月2日

まもなく、たんたん食堂が開店します。|「うどんを喉で味わう」青春時代-竹原友徳さん

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※こちらのイベントは終了しています。

みなさんは、これからの「働き方・暮らし方」にどのようなイメージをもっていますか?

ひとえに「これから」と言っても、数学のテストのように「1つ」の答えがないから難しい。 まあ、なんとなーくでいいんだと思います。を楽しみながら、地域のや日常のお話を聞きながら。なんとなーく「これから」をみんなで考えてみませんか?

そんな「食堂」があったらいいな…。 というわけで、作っちゃいました!

その名も、「たんたん食堂」(※1)

今回は、京都府綾部市の志賀郷というところで「竹松うどん店」を営まれている竹原 友徳さん(以下、竹原)にお話をお伺いしました。

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竹原 友徳(たけはら とものり)さん:竹松うどん店 店主。綾部市志賀郷で高校生までを過ごし、大学進学と共に京都市内へ。幼少期からうどんが好きで「うどんが打てるようになりたい!」という思いから、長期休暇を利用してヒッチハイクでうどんの本場・香川へ向かわれます。当時は教員になろうと免許も習得されていたようですが、大学卒業後に師匠の店で本格修行。その後、「日本一周うどん行脚の武者修行」に出られます。2008年10月に修行を終え、志賀郷にUターン。地元にも、全国にもファンがおられるうどん屋さんを営まれています。

(※1)たんたん…かつて丹波国と丹後国の一部であった福知山市、綾部市、舞鶴市のこと。

讃岐仕込みの手打ちうどんは、コシがあって食べ応え抜群。私事ですが、バスケ少女時代の「香川の思い出」がよみがえりました。

◆給食を楽しみに学校へ行く子どもでした。

-竹原さんはどんな子どもさんだったのですか?

竹原:とにかく給食の好きな子どもでしたね(笑) 食べることが好きで、遊ぶのも好き。授業中は落ち着きのない子どもでした。 通信簿に「落ち着きがない」と書かれたこともあったかな。

小さい頃から料理が好きで漠然と「料理人になりたい!」と思っていました。その時は、うどん屋さんではなく、ドラマの影響で「寿司職人になりたい!」と思っていましたね。

小学生の頃は少年野球、中学・高校生の頃はソフトテニス部に所属。 高校生時代には近所にあったうどん屋さんの「得兵衛」さんへ友達とよく通っていました。1杯400円のきつねうどんは3玉まで同じ値段だったので。

「うどんは喉で食べるもんや!」って言いながらみんなでよく行ったなぁ。 ある日、家族旅行で香川へ行った同級生の女の子から、「うどん好きなら香川は絶対行った方がいい!」と言われ、いつか食べに行ってみようと心に決めました。

◆大学1回生の8月に、初めて香川へ。

-そしてついにうどん県へ行かれたんですね!

竹原:はじめて食べた香川のうどんはやっぱりおいしかったです。「うどんが打てるようになりたい!」とずっと心の中にもっていた想いに火が灯ります。 当時、インターネットで調べたら「うどんの作り方」はわかる時代でしたが、やっぱろ本場で勉強したいという思いがありました。

翌年の春休みに1ヶ月ほど香川で短期修行先を見つける旅をヒッチハイクでしていました。 ですがなかなか見つからず、「今日こそは」という毎日。 そんなある日「あんたこんなところで何してんの?」と八百屋のおばちゃんが車に乗せてくれて、修行をしたいと伝えると「いいうどん屋があるよ」と知り合いのうどん屋さん(修業先)へ連れてってくれたんですよね。

◆ずっと、教員になろうと思っていたんです。

-それでも将来の夢は「うどん屋さん」ではなかったんですね?

竹原:はい。実は大学生時代は教員になるつもりで、教員免許も取得していました。うどんの打てる先生になろうと思い、「先生なんでうどんが打てるの〜?」という子どもたちに短期修行時のお話をしよう、なんて考えていました。「うどん屋にならないのか?」と師匠にスカウトされたものの、「教員を目指している」と告げていました。 その後も年に1回は繁忙期の師匠の元へお手伝いに行ってましたね。

◆よし、うどんを打ってみよう!

竹原:そんなある日、うどんを打ってみよう!と下宿先の近所で小麦粉をわけてもらい、自宅でうどんを打ち、食べてみるとこれがね〜、おいしかったんですよ(笑) 次は友人にふるまってみると「おいしい」と言ってくれたんですよね。

その後もうどんパーティーを開くと、思いの外好評だったことがきっかけで、3・4回生の学園祭でうどん屋を出店していました。

自宅で本格うどんパーティーなんてめったにできないですよね(笑)うらやましい!

その時も「うどん屋ならないんですか?」とお客さんに言われ「考えときます」と言いながらも悶々としていましたね。でも ついに、教員になる前に一度、本格修行をすることを決意しました。

当初は「3年ほど修行して一度教員になり、お金を貯めてから40代後半でうどん屋を開こう」というプランでした。 とりあえず本格的な修行を、と決心した旨を師匠に伝えると「いつから来れるんや?」と言われ卒業後に本格修行に入りました。

◆「早く一人前になれ」と言われた修行時代。

竹原:平均3年ほどの修行のスパンで、店によっては最後の半年になって初めて生地を捏ねさせてくれるところもあるんですけど、うちは修行に入ってすぐ「明日からうどんを打て」と言う師匠でした。そして見よう見まねでうどんを打ち始めました。

最近は機械打ちうどんが増え、半年ほどの修行や業者の研修のみで店を構える方もいはるみたいやけど、様々な状況に対応していくためにも大事になってくるのはやはり「経験」ですよね。「石の上にも3年」と、一生食べていくための技を教えてもらうという覚悟を決めて、3年は師匠の元で働きました。

◆修行後すぐ店をださなかった!?

竹原:店を出す準備をしとくように、と師匠に言われたものの、ふらふら放浪するのが好きでお店する前になんかしたいな〜と思っていて。ただ、放浪ばっかりしていると怒られるしなあ、どうしようかなと考える日々。

「そうだ!うどんを売りながら旅してみよう」

親方には「すぐに店しますよ」「開業に向けて動いてますよ」と言いつつ、うどん行脚の武者修行へ向けて着々と準備を重ねていました(笑)  旅に出てしばらく経つと、武者修行のことがどっからか師匠の耳に入って「何をしてるんや!」と怒られました。

実は、僕には前科があるんですよ(笑) 2006年5月に修行を終えて、6月にW杯を見にドイツへ渡りました。その時も「30〜40万あったら開業準備できるやろ!何考えてるんかわからん。」と言われてましたね。

そんな竹原さんの武者修行は、北海道の礼文島から始まります。

日本全国津々浦々、軽ワゴン車1台で日本中を旅しながらうどんを打ってこられた竹原さん。 現在は地元「志賀郷」で店を構えられています。

過疎化、高齢化、少子化と問題山盛りの田舎の村ですが、うどんで人を呼んで地域を元気にしたいとの思いで日々精進しております。(ブログより)

 

 

-最後にひとつお伺いしたいのですが

人生に深みをプラスする「お出汁」って?

そんな竹原さんのうどんをすすりながら、自分たちの「これから」についてなんとなーく考えてみるイベント「たんたん食堂」がこの7月に開催されます! ぜひ、会場へいらしてください。

<詳細>

▶︎7月7日(木) 18:30(開場) 19:00(スタート) @Social Kitchen 1F

住所:602-0898 京都市上京区相国寺門前町699 Social Kitchen

アクセス:地下鉄「鞍馬口」徒歩5分

▶︎ 学生 1000yen 社会人 1500yen

参加申し込みはこちらへお願い致します。