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2016年9月26日

まもなく、たんたん食堂が開店します。|「地域に秘められた可能性を信じて」-工忠照幸さん 衣里子さん

kuchu fuufu 01

※こちらのイベントは終了しています。

みなさんは、これからの「働き方・暮らし方」にどのようなイメージをもっていますか?ひとえに「これから」と言っても、数学のテストのように「1つ」の答えがないから難しい。 まあ、なんとなーくでいいんだと思います。食を楽しみながら、地域の職や日常のお話を聞きながら。なんとなーく「これから」をみんなで考えてみませんか?

そんな「食堂」があったらいいな…。 というわけで、作っちゃいました!

その名も、「たんたん食堂」(注1)

今回は、京都府綾部市の上林というところで「里山ゲストハウス クチュール」を営まれている工忠照幸(以下、照幸)さん・衣里子(以下、衣里子)さんご夫婦にお話をお伺いしました。

注1)たんたん…かつて丹波国と丹後国の一部であった福知山市、綾部市、舞鶴市のこと。

kuchu san

工忠 照幸(くちゅう てるゆき)さん 衣里子(えりこ)さん:大阪の吹田市出身の照幸さんと堺市出身の衣里子さん。大阪生まれ、都会育ちの2人。照幸さんは高校卒業後に単身でアメリカへ。帰国後、いくつかの職を経て綾部市上林へ Iターン。一方、衣里子さんはこれまでのほとんどを大阪で過ごし、今年の5月に Iターン。以前はSE(システムエンジニア)として8年間企業勤めをされていました。そんなご夫婦は現在、お互いに別の職を持ちながら、自然豊かな里山でゲストハウス「クチュール」を営んでおられます。“里山の暮らし” をよりたくさんの人に体験してもらえるよう、試行錯誤されています。

本日は久しぶりの屋外での取材。BGMは川の流れる音と蝉の鳴き声。途中、土砂降りになったのですが、木の下で雨宿りをしていました。

eriko san

-まずは、お2人の「これまで」についてお伺いしたいです。

衣里子:小学校から大学までずっと大阪で過ごしていました。途中、高校生の時に1年間留学でアメリカのフロリダ州にいましたね。大学卒業後はSE(システムエンジニア)として8年間。文系出身でしたが、会社内にも文系出身のSEがたくさんおられましたし、チームで何かを作り上げるプロセスが楽しかったので、仕事は割と好きでした。

就職活動の時は、いわゆる “優等生” な就活をしていました。 ですが、これから先もこの仕事を続けられるかを考えると迷いが生じて。まずは社会人も通える経営大学院へ通い、そこでゆきちゃん(照幸さん)に出会いました。出会った翌年の2014年1月に結婚、そして2年間の別居生活を経て、今年の5月に上林へ移住。現在は綾部市の嘱託職員をしながら、ゲストハウスを運営しています。

teruyuki san

照幸:高校卒業後、19歳で単身アメリカ・ロサンゼルスへ。これがだいたい1995年頃ですかね。まずは日本食レストランで料理を作ったり、寿司を握ったり。魚も3枚におろせるようになりました。始めの1年半は日本人とメキシコ人だらけの日本食レストランでアルバイト。残りの1年半は語学学校に行って、バイトして、遊んで…。その間は1回も日本に帰らずに次は半年間フランスの料理の都・リヨンへ。

1998年に一時帰国。次はバックパックを背負って旅をしたいな〜と思っていたので、まずは京都の東山にあったユースホステルで働いていました。当時は外国人が泊まれる宿が京都でも5つぐらいだったかな。2年間で150万くらい貯めて、世界2週目の旅へ。北アフリカや中近東、6ヶ月インド、6ヶ月タイ。旅の最後は、見た目が汚くて入国検査でひっかかっちゃって(笑) 靴の中まで調査されました。

2002年、26歳で帰国。そろそろ社会勉強をしようと、大阪のホテルで4年。その後30歳でキャリアアップのために別のホテルへ。旅する側から旅人を受け入れる側になりました。 その後、貿易会社でショップ管理。そして、前職の旅行会社へ。個人ではなかなか行けない国など、ニッチな地域を取り扱った会社でした。

小さい会社だったので、ツアー企画をして、営業をして、添乗員をして。バックパッカーで回りきれなかったところや、自分が以前に訪れたところを訪れていました。 そして37歳の時に会社が倒産。その1ヶ月前に衣里子さんとお付き合いを始めました。

そろそろ自分で何かやりたいなと思っていたところで、ずっとゲストハウスをしたかったのでこのタイミングで場所選びを始めました。競合がいない場所にしようと思い、日本の田舎を巡りましたね。僕自身がアジアの田舎を旅していた経験から、マイナーな場所でも満足してもらえる確信があったので、 しばらくは自分が興味をもった地域を訪れたり、移住セミナーに行ってみたり。長野や新潟、富山に石川。ですが、田舎暮らしと言ってもお金が必要なので就職活動をしていました。実は、最初に綾部や福知山に来ていたのですが、当時はピンときていなくて(笑)

◆1人の未来から、2人の未来へ

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▲朝ご飯スポットまでハイキング

照幸:様々な地域を回った後、入社前に「キリマンジャロに登頂したい」という条件を飲んでくれたのがあやべ温泉だったこともあり、綾部・上林へ移住することにしました。まずは家探しということで、隣村のIターン者の方の元へ通いながら農作業を手伝っていると、綾部のレジェンド・キヌ枝さんと出会います。彼女はこれまで綾部で農家民泊を先駆的にされていた方で、工忠さんの「ゲストハウスをしたい」という意向に大変喜ばれたそう。彼女のつながりから、地域の方とつながり、家やゲストハウスの物件が決まりました。

-最後はやはりご縁ですね。田舎巡りはどうでしたか?

「夢」は見ない、ゴールでしかない。

衣里子:田舎はどこもいいところ。自然は豊かで人がいい。でも、若者がいなくなるんです。 日本中でゲストハウス開業の場所探しをしていた際に、リアルな田舎の課題を目の当たりにしてきました。ここ上林でも「宿がしたい」という以外のアプローチができそうな気がしています。

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-自分たちの暮らしの中で、上林に来て変わったことはありますか?

照幸:とても忙しくなったし人と関わることが多くなった。どこにいてもそうなんだけど…ここでは本当にいろんな年代のいろんな人と会う。だからコミュニケーション能力がさらにアップしたかなぁ。 あとは、お金を使わなくなった。そもそも買う場所もないし(笑) それからよく野菜を食べるようになった。

衣里子:ご飯を食べる量が増えたかなぁ。人間らしい生活を送っている気がします(笑)

照幸:以前は人間じゃなかったの?笑

衣里子:以前は満員電車で通っていて、毎日コンビニにも通っていたので。 ここに来て自然、太陽をよく見るようになったことや、集落に帰ってくると、みんなに「おかえり」「おつかれ様」と言ってもらえるようになったことも変化です。でもまあとにかく忙しい!都会とは違う忙しさがあるよね。

-子どもの頃、こんな生活になると想像していましたか?

(声を合わせて)まったく!!笑

小学校から高校まで探偵になりたかった照幸さんと、そこまで何もなかったという衣里子さん。それに子どもの頃から自分達には田舎がないので、行きたいと思っていなかったし、こんな暮らしになるとは思っていなかった、と。

kanbayashi 02 そんなお2人のモットーは、

“可能性を信じる”

田舎はお金以外の価値の交換ができるからこそ、“ここでやりたいこと・やれそうなこと” が増えてくるのだそう。

-最後になりましたが、

食べると暮らすを《むすぶ》可能性

についてお伺いしてもいいですか?

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あれ、食堂は…?と思った方、心配はご無用です!

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当日は上林でカフェをされている藤原 亜由美さん(ふじわら あゆみさん:カフェ+おてがみ amuamu 店主)がご一緒に来てくださいます!実は、藤原さんもUターン者のうちの1人。

amuamu 03

▲レターセットや手作りのアクセサリーが並ぶカフェ内に悶えておりました。。

これからもっと面白くなる予感がする綾部・上林のコミュニティ。

ちなみに、鶏肉は買いに行くものではなく、取りに行くものなのだそう。あ、ダジャレではないですよ!笑 地域の方からカケで買っているため、1ヶ月後にまとめてお支払いしているそう。生産者の顔が見える距離だからこそ、自然と出てくる言葉なのだと感じました。

そんなメイドイン上林の食を堪能しながら、自分たちの「これから」についてなんとなーく考えてみるイベント「たんたん食堂」がこの10月に開催されます! ぜひ、会場へいらしてください。

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couture motto

▲ゲストハウスの玄関に書かれているお2人ののモットー

<詳細>

▶︎10月31日(月)18:30(開場)19:00(スタート) @Social Kitchen 1F 2F

住所:602-0898 京都市上京区相国寺門前町699 Social Kitchen

アクセス:地下鉄「鞍馬口」徒歩5分

▶︎学生 500yen 社会人 1500yen

参加申し込みはこちらへお願い致します。