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2017年10月29日

たんたんで働く vol.4【舞鶴】|「若いうちはね、どんな “恥ずかしい失敗” をしても大丈夫!」-万願寺甘とう農家・添田潤さん

jun soeda

 

大学生のみなさんは、これからはじまる「就職活動」にどのようなイメージがありますか?

実際にお話を聞いてみると、「早く働きたい!」という声や「考えただけで憂鬱」という声、「インターンシップどうしよう・・」「はじまるのは大学4年生になってから・・?」「地元に帰りたい」などなど、様々な声を耳にします。

 

少子高齢化や都市部への人口集中、テクノロジーの発達、AIの誕生・・暮らしを取り巻く環境が変化していく中で、わたし達の「仕事」や「働き方」は今後10年、20年の間にどのように変化していくのでしょうか。

 

まずは、地域にどんな仕事があるのか、社会人の先輩方がどのように学生生活を過ごしてきたのかを「たんたんで働く」特集(※1) を通してお届けしていきたいと思います。

近い将来のことをあたまの片隅で思い描きながら、これからの学生生活を過ごすヒントにしていただけると嬉しいです。

(※1)たんたん…かつて丹波国と丹後国の一部であった福知山市、綾部市、舞鶴市のこと。

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第4回目は舞鶴市で「万願寺甘とう農家」をされている、添田潤(そえだ じゅん)さんにお話を伺いました。

万願寺甘とう農家/添田潤さん:1977年、神奈川県横浜市生まれ。中学2年生の時にタイのインターナショナルスクールへ転校。高校2年生の春に帰国し、「農業」の現場を知るために福島県の農家にて住み込みで働き、より専門的に農業を学ぶため 三重県にある愛農学園農業高等学校へ進学。卒業後に茨城県の有機農家で働いたのち、奥さんの地元である舞鶴市へIターン。万願寺甘とうを栽培し始めて6年でJA京都にのくに 舞鶴万願寺甘とう部会長へ就任。

 

甘い! 美味い! 辛くない! 舞鶴市発祥の「万願寺甘とう」

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舞鶴市万願寺地区発祥の「万願寺甘とう」は、今からおよそ100年以上前の大正時代に誕生したと言われています。

偶然の産物であった「万願寺甘とう」誕生の経緯は諸説ありますが、その成分や特徴から、京野菜として広く栽培されていた「伏見とうがらし」と北米原産の「カリフォルニア・ワンダー」との自然交雑により生まれたのではないかと考えられています。(参照:万願寺甘とうHP)

この万願寺甘とうは、スーパーなどで見られる「万願寺とうがらし」とは異なり、JA京都にのくに管内(福知山市・舞鶴市・綾部市)で生産されたもののみが「万願寺甘とう」として販売できます。

いわゆる “あたり” と呼ばれる辛いものはいっさい混ざっておらず、採種から選果まで、品質にこだわりながらひとつひとつ丁寧に栽培しています。2017年6月には京都府初となる「GIマーク(※2)」を取得。舞鶴市では、ピーマン嫌いの子どもにも愛されている地元野菜のひとつです。

(※2)GIマーク・・地域で長年培われた生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品の名称のこと。(京都府HPより引用)

 

業界内の「世代交代」にこそ、チャンスがあると思うんです。

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農業は “生涯働ける” という点から高齢化が著しく、現在「JA京都にのくに」の組合員の平均年齢はなんと73歳。先輩方に一人前として認めてもらうのも容易ではありません。

そんな状況を俯瞰しながら、「高齢化している業界はやがて仕事の空きが増える。これからは若者が引き継ぎながらも、業界を変えていく力が必要だと思う。」と添田さん。

まずは「若者には敵わない!」と思われるようになろうと、添田さんは甘とう農家として1番になることを決意。ひたむきに努力を重ねて栽培し、甘とうを育てはじめて6年という異例の早さで甘とう部会の部会長まで登りつめます。

「日本全体で高齢化が進んでいるということは、どんな業界においても高齢化が進んでいるということ。特に田舎の方はそれが顕著に現れています。例えば、何かの職人や商店街、旗振りのおじさん、ユンボを運転する人・・などなど。もうすぐ『世代交代』が必要な仕事には、すでに若者が関わっていく余地ができつつあるんです。進路を考える時にそういった部分を掘り下げていくとおもしろいと思いますよ。」(添田さん)

むしろ、そうしていかないと世代交代が間に合わなくなるんですよね、とお話は続きます。一歩先に向けて取り組みながら、その後も続く体制づくりが現在様々な業界で必要とされています。

あまり知られていないかもしれませんが、添田さんの近所では「フェンス業界」でも修行を経て独立する人がいるのだとか。チャンスは案外いろんなところに転がっているのかもしれません。

大きな時代の流れを感じ取りながら、それぞれの進路を決めていってほしい。

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小学生の頃から「自然環境」に興味を持ち、“自分が食べる分は自分でつくりたい” と考えていた添田さん。

中学2年生の時に転校したインターナショナルスクールはとても厳しく、何かあればすぐに「退学者リスト」に入れられてしまうような環境でした。“同い年だから同じ学年” というわけではなく、年齢ごとに決められたグレード(学年)まで到達できないと即退学。

「飛び級」があったり、年齢は下でもグレードは上だったりと、これまで過ごしてきた日本の教育環境との違いを痛感されます。

ある日、添田さんは “僕は将来農業がしたい” と作文に書いたことで、退学の通知を受け取ることになりました。農業がダメというわけではなく、農業がしたいならここではなく別の場所で勉強した方がいいという学校側の判断だったそう。

 

退学をきっかけに、添田さんは農業を学ぶために日本へ戻ることを決心。福島県の農家で2ヶ月ほど住み込みで働いていると、「農業をやるにしても、これからは高校を出といた方がいい。三重県にいい高校があるよ。」とアドバイスを受け、薦めてもらった愛農学園農業高等学校へ入学。

こちらの学校は、それぞれが “学ぶモチベーション” をもった状態で全国から集まっていて、とても充実したカリキュラムだったそう。そして、添田さんはこの学校で、のちのパートナーである舞鶴市出身の奥さんにも出会われます。

そんな添田さんに「万願寺甘とう」を育てはじめた経緯や農業の業界について、そして、進路選択についてのお話を伺いました。

 

-はじめから「万願寺甘とうを育てよう!」と舞鶴に来られたのですか?

添田さん(以下、添田):いえ。当時はぶどうを育ててワインをつくろうと思い、奥さんより先に舞鶴にIターンしました。ですが、24歳の若者に永年作物を植えるための肥沃な土地はなかなか貸してもらえなかったんですよね。それに加えて気候や土壌の関係もあり、ぶどうがなかなか思うように育たなかったので、舞鶴の特産である万願寺甘とうを育てることにしました。

-そうだったんですね。

添田:万願寺甘とうの種はJAの甘とう部会に入会しないと手に入らないので、まずは部会に入って一生懸命育てました。現在、この圃場内には 13,000本の万願寺甘とうが植わっていて、1日あたり平均300kgを生産しています。

-そんなにあるんですね。新規就農を志して添田さんの元を訪れる若者もいるのではないでしょうか。

添田:はい。実際に今働いているスタッフもそのひとりです。実は、農業業界って8〜9割が独立志望なんですよね。他の業界からすると異常かもしれません。ですが、2〜3年で独立する人が多いです。

以前、農業仲間とも話していたのですが、他の業種はお金が回らなくなると廃業になりますが、農業はつくると売れるし生活はなんとかなってしまうんです。良くも悪くも超低空飛行で生きていけるんですよね。

-趣味として生涯現役で続けられる方もいますもんね。

添田:現在、京都府北部にいる甘とう農家400名のうち30名が若手農家で、生産量も全体の3分の1を占めています。

「万願寺甘とう」がこの地で生まれてからもう少しで100年になるのですが、僕たちはここから “100年先まで続けられる仕事” として、しっかりとした産地にしていきたいと思っています。

新卒の就職先として、農業を選ぶのがいいのかは正直わかりません。ですが、これから世代交代をしていくなかで、新たな人材は確実に必要になってくると思います。現状、安定的に雇用できない業界ではあるけれど、他の業種並みに利益の出る産業にしていきたいと思っています。

そういった部分も含めて、大きな時代の流れを感じ取りながら、学生さんにはそれぞれの進路を決めていってほしいなって思います。

 

一歩踏み出そうか迷っている人は、まずは「10回」宣言してみたらいいのでは?

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自分の “やりたいこと” を実現させるために、自分自身で道を開拓しながらここまでやってきた添田さん。これまで「こうしよう!」と迷うことなく決断し、身の回りの環境を整えてこられた “秘訣” を伺いました。

-これまでの「進路選択」で迷われたことはありますか?

添田:特にないですね(笑)

-そんな気がしていました(笑) 一歩踏み出したくても迷ってしまう学生さんや若者へ向けて何かアドバイスはありますか?

添田:「行きたい!」とか「やりたい!」って10回くらい周りの人たちに宣言してみたらどうかなぁ。そうすることで、“そうせざるを得ない” 状況をつくれるし、そうすれば覚悟も決まっていくと思います。

-なるほど。添田さんは昔、タイで暮らしておられましたよね。外の国に出ることに関してはどうお考えですか?

添田:留学でも旅行でも、どんどん行ったらいいと思いますよ。迷う前にまず行かないと何も始まらないしね。早いうちに日本以外の世界に触れるのは大事なことだと思います。

-ちなみに外国の学校にいたことで、日本との教育現場の違いについて何か感じられることはありましたか?

添田:正直、日本の一般的な教育システムの中でこれまで勉強してきた人たちは、これから厳しい環境に置かれるのではないかと思います。最近の小学校は「アクティブラーニング(※3)」を取り入れているところもあるのでいいなと思いますが、問題はすでに育っちゃった世代ですよね。これから大きくなる子ども達はガンガン来ると思うから。

-つまり、私たちのような(笑) なんだか急に背筋が伸びてきました・・

(※3)アクティブラーニング・・日本語では「能動的学習」と訳されている学習方法のこと。生徒たちが受動的ではなく能動的に学べるような環境をつくるために、近年日本の小学校教育の現場でも実践されている。

 

若いうちはね、どんな “恥ずかしい失敗” をしても大丈夫!

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-それでは最後に、就職や将来を考えている「わかもん」に向けてメッセージをお願いします!

添田:よくよく考えたら、「これからの時間」ってあるようであまりないですよね。逆算してみるとわかりやすいと思います。

万願寺甘とうに例えると、期間としては毎年5月に植えて1月まで生産します。実が成ってからは1週間に1回収穫するローテーションなので、実はひとつの苗から40回くらいしか収穫できないんですよね。

そんな風にして、うしろから順番に並べていくと意外と短いですよね。人生もそれと同じ。だから目標に向かう道が多少険しくても、ご飯を食べて布団で寝られたら御の字だと思うし、幸せだと思うんです。そのベースがあるなら、どんどんチャレンジしたらいいと思いますよ。

-考えすぎて「やりたいなぁ・・」のまま終わってしまわないようにしたいですね。

添田:夜、布団に入りながら1日の出来事を思い返すじゃないですか。

その時に、急に思い出して「うわぁ〜〜〜〜〜!!!!」って顔を真っ赤っかにしながら飛び起きてしまうような恥ずかしい失敗をしたことはありますか? 僕はたくさんありますよ(笑)

ただ、どんな恥ずかしい失敗をしても若いうちなら大丈夫だから。人生は短いわけだし、失敗くらいじゃ死なないので、やらない手はないと思うんですよね。

-確かにそうですね! 「死ぬこと以外はかすり傷」って誰かが言っていた気がします(笑) 添田さん、本日はありがとうございました!

 

お話を伺いながら、“時間が有限であること” を改めて痛感した今回のインタビュー。幼い頃から、「これだ!」と思った道を走り続けてきた添田さんがそうおっしゃるくらいですから、本当にあっという間なんだと思います。

添田さんのお話を通して、大学生や社会人それぞれの立場から今後の「キャリア形成」や「時間の使い方」について少しでも考えるきっかけになれば幸いです。

それにしても、添田さんが育てておられる「万願寺甘とう」は本当においしいので、みなさんもぜひ一度食べてみてくださいね! 我が家では煮浸しや天ぷらにしていただきました。

そんな、「万願寺甘とう」に関する情報はコチラからどうぞ。