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2020年12月20日

たんたんで働く vol.19 【福知山】| 「夢を忘れずあきらめない。」-市立福知山市民病院・酒井沙樹さん

第19回は市立福知山市民病院 看護師、酒井 沙樹(さかい さき)さんにお話を伺いました。

Profile

酒井沙樹さん:1990年生まれ。福知山市出身。中学までを福知山で過ごし、舞鶴の日星高等学校 看護科5年課程へ進学。20歳から看護師として市立福知山市民病院に勤務。6歳の娘さんを育てながら働くママさん。

 

京都北部の医療を担う

地域医療支援病院として福知山を中心に京都府北部の医療を担う市立福知山市民病院。京都府の災害拠点病院、臨床研修病院、救命救急センターなど様々な指定を受けいつでも安心して受けられる医療を提供しています。

夢を叶えるため15歳で決断

よろしくお願いします!初めに看護師を目指されたきっかけをお聞かせ頂けますか?

中学の時に祖父が病気で入院しました。家族は医療のことは何も分からなくてとても不安だったのですが、親身になってくれたのが看護師さんでした。難しいことも分かりやすく説明して下さり、身近で働きぶりを見ていて憧れるようになりました。同じ頃、看護師が主役のドラマも放送されていて、そのドラマの影響も少しありますね。

高校で看護科に進まれたということは中学卒業の時、15歳で将来を決められたということですよね?

そうなんです。看護師になるには大きく3つの道があります。大学を卒業して22歳から働き始めるコース、高校卒業後に専門学校で学んで21歳から働き始めるコース、そして私の選んだ看護科5年の高校で学ぶ20歳から働き始めるコースです。今は専門学校や大学で学ぶ道もそれぞれ良さがあっただろうと思うのですが、あの頃は「早く看護師として働きたい」と思っていて最短コースの看護科に進みました。

福知山から舞鶴への電車通学していたのですが、結構大変でした。電車が1時間に1本しかないので。往復2時間の車中で勉強できれば良かったのですが、電車の揺れが眠くなってしまってよく寝ていました。

高校で未来を決めることに不安はありませんでしたか?

高校1年から同じ夢を持った仲間と過ごせるのが何よりの財産になりました。京都市内から入学した人もいましたし、みんな同じ思いなので心強かったです。高校では1年生から看護の専門科目を学び、2年生からは病院での実習も始まります。看護師国家試験前には朝から晩まで一日中、仲間と一緒に勉強しました。今も励まし合える仲間です。

チーム医療の一員として

現在のお仕事について教えて頂けますか?

4年前から外科、呼吸器外科、脳神経外科に勤務しています。主に担当するのは手術前後の患者さんのケアです。毎日手術があり、今日もインタビュー前に患者さんを送り出したところです。術後は食事介助や移動のための車いす補助、介助などを行います。最初は内科勤務でした。異動した時に「これまでの経験を活かして!」と思っていたのですが、科が変わると全く仕事の内容が違いました。まるで転職したような感じです。

患者さんの治療には医師、看護師、薬剤師、リハビリに関わる理学療法士、作業療法士、言語療法士など多くの人が関わります。週1回カンファレンスという関係者全員が集まる会議があり、患者さんの変化や様子を情報共有し、お一人おひとりに最適な治療ができるようチームで取り組んでいます。患者さんやご家族を社会福祉の立場でサポートして下さるMSW(Medical Social Worker)さんがとっても頼りになるんです! たくさんの人が関わることで医療が成り立っているんだなと感じます。

看護師のお仕事で大変なことはどんなところですか?

常に緊張して働いていますので、ONとOFFはしっかり切り替えるように意識しています。仕事が終わると完全にOFFモードです。あと、夜勤などの不規則勤務が少し辛くなってきました。

残念ながら患者さん全員がお元気になられるわけではありません。普段通りの生活ができない患者さんが家へ帰られる時、施設へ入所される時はやるせない気持ちになります。

看護師さんならではの仕事のやりがいはどんなところでしょうか?

患者さんが元気になって退院される時、患者さんやご家族からお礼を言って頂ける時が何より嬉しいです。どんな患者さんも不安を抱えていらっしゃると思うのですが、初対面で不安な気持ちを聞かせて頂くというのも看護師ならではの役割だと思います。「酒井さんだから話せる。」と言って頂けるとお役に立てていることが実感できます。

福知山が好き

福知山で働くことを決められたのはなぜですか?

生まれも育ちも福知山なので安心感がありますし、福知山が好きなんです!

地元で働く良さはどんなところですか?

やっぱり安心感でしょうか。近くに親が居てくれて助かっていますし、福知山弁が分かることも大きいです。例えば患者さんに「えらい。」と言われたらしんどいんだなと分かりますし、「この湿布、裏に貼って。」とお願いされれば背中に貼るんだなと気づけます。ちゃった弁も他の地域出身の人には難しいみたいですね。看護する上で言葉が分かるというのはありがたいなと感じています。

仕事と子育てを両立されているとお伺いしました。産休、育休後に復帰される時は大変ではありませんでしたか?

夫が協力してくれたことが大きかったです。夜勤の時は夫が一人で娘の面倒を見てくれました。夫がいなければ復帰できなかったと思います。(ご主人も同じ病院で働いておられるそうです。)

福知山市民病院には育児支援の体制もあります。院内保育所は同じ院内で子どもを預かってもらえて安心できましたし、復帰1年目は夜勤を通常の半分で勤務する夜勤軽減という制度も利用できます。就職する時は気にしていなかったのですが、待機児童で職場復帰できないと言っている高校時代の仲間もいるので、恵まれているなと感じています。これまで結婚、出産を機に退職する看護師が多かったのですが、今は復帰することが前提で皆さん出産され、勤めながら子育てをされています。

お休みの日はお母さんとして過ごされているんでしょうか?

そうですね、休みの日は母親です。ままごとが大好きな娘の相手をしています。最近は夫、娘と家族3人で作れる料理、お好み焼きやお鍋などを食べることが多いです。住んでいる地域は公園が多いので、お天気の良い日には娘と公園巡りもしています。夫も福知山出身なので両家の実家が近くにあり、「今週はこっちに行ったから来週はあっち。」と両実家にもたくさん助けてもらっています。この間の休みには早々とクリスマスツリーを飾りました。

家族と過ごす時間ももちろん大切にしていますが、一人でゆっくりできる時間も楽しみです。平日休みの時、日中は一人なので駅近くのお気に入りのカフェで美味しいケーキを食べながらゆったり過ごしたりもします。

仕事と家庭を両立されていて素敵です。最後にこれから就職を迎える皆さんにメッセージをお願いします。

中学の頃、決して勉強ができたわけではありませんでした。でも、夢を忘れず、あきらめずに行動し看護師という夢を叶えることができました。行動を起こせば必ず何か結果がでます。夢をあきらめずに頑張って下さいね。

-取材を終えて-

15歳で夢を叶えるために大きな決断をされた行動力がすごいなと感じました。大人になると夢って忘れがちですよね。どうしても現実に目を向けがちですが、夢をあきらめずに行動し続ける人が夢を叶えることができるのだと教えて頂きました。誰もが悩む仕事と家庭の両立。協力的なご主人と大切に娘さんを育てておられる姿はとっても輝いていました。働くママさんってキラキラしていて素敵ですね。

市立福知山市民病院
京都府看護協会

writing by Ishitsubo Sanae [PALET 北京都